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日銀金融緩和で刷られた円の行き先が日本企業でも日本国民でもないカラクリ(Dr.苫米地 2016年9月15日TOKYO MXバラいろダンディ) https://www.youtube.com/watch?v=tvzNqO6qsGI

【コロナ報道「煽りにはもうウンザリ」】「感染者数の積み上げ」でパニックを誘発する報道の病理~世界中で日本だけ「コロナ感染のグラフがおかしい」という不気味~

 

 


■世界中で日本だけ「コロナ感染のグラフがおかしい」という不気味

~絶対的な死者数は少ないのだが…~

PRESIDENT Online(2020/05/07)

https://president.jp/articles/-/35219


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・世界中で日本だけ「コロナ感染のグラフがおかしい」

 

新型コロナウイルスは、海外でも日本でも「感染爆発」と呼ばれた一時期ほどの急拡大は見られなくなってきた。

だが、それでもなお深刻な感染状況が続き、医療が対応しきれないこともあって各国で死者が増えている。


1月に中国・武漢ではじまった新型コロナの感染拡大は、その後、韓国、イラン、イタリアなどと広がり、また、さらに欧州各国や米国などを中心に全世界に拡大してきている。

この4カ月余りを過ぎた時点で、地域によって感染拡大のテンポや規模がどのように違っているかを、世界各国と日本の国内で振り返ってみたい。


感染拡大を表すデータとしては、「累積の感染者数の推移」を折れ線グラフで表すことが多かった。

その後、感染拡大のピークを過ぎたかどうかに焦点が移り、「毎日の新規感染者数の推移」の棒グラフをみる機会が増えている。


本稿では、地域間の比較に重点をおいて、「累積の感染者数の推移」の折れ線グラフ、しかも「対数」でのグラフを使用する。

対数グラフは、データの大きさが大きく異なる系列の比較に適しており、また指数関数的な拡大のテンポを傾きで表現できることから、欧米メディアでは定番になっている。


また欧米メディアでは、グラフの時間軸の起点を「累積感染者数が100人を超えた時点」とするのが通例だ。

これは、感染拡大の時期が大きくずれている中国とイタリア、英国などを比較するうえで適切だからである。

 

・コロナ感染者数・死者数、日本だけ「増加ペース」が一向に落ちない


主要感染国の感染者数推移の対数グラフをまとめたのが図表1だ。

 

Y軸(縦軸)の目盛りが100人、1000人、10000人と10倍ずつ増えていくのが対数グラフの特徴だ。


米国と日本では感染者数の規模は大きく異なっている。グラフの最終日である5月4日時点で米国が118万人に対して日本は1万5000人と100倍違う。

普通のグラフでは米国の推移は追えても、日本の推移はX軸(横軸)に張り付いた横ばいの線にしか見えないだろう。


対数グラフの場合、軌跡線の傾きが直線の場合は、指数関数的な増加、すなわち、ねずみ算式の倍々ゲームで増えていることを示している。

図表中に、参照線として「黒の点線」で、累積感染者数が「1日目100人から始まって、2~3日に2倍のペースで増え、25日目からは1カ月に2倍のペースで増えるようにペースダウンした場合」の軌跡線を描いた。


この参照線より傾きが急であるなら拡大テンポもより高いことを示し、より緩やかなら拡大テンポもより低いことを示す。

こう理解した上で各国の軌跡を追うと、欧米諸国(米国、スペイン、イタリア、ドイツ、フランスなど)では感染拡大と収束へ向かう右方向に折れ曲がる動きが相互に非常に似ており、参照線に近い形で推移していることが分かる。


もちろん、米国は人口規模が3億3000万人と6000万~8000万人の欧州諸国の数倍大きいので感染者数の規模も異なっているが、拡大テンポと収束へ向かう横ばい化傾向はよく似ているのである。

 

・世界で日本だけ「横ばい化」せず、「右肩上がり」の不気味


さらに興味深いのはこうした欧米諸国と東アジア諸国との対照的な推移パターンである。

感染の発生地である中国、そして次に感染が拡大した韓国は、感染100人を超えてからの経過日数別の推移でみると、当初はほぼ欧米諸国と同様の拡大テンポが続いたが、欧米諸国よりかなり早い段階で横ばいに転じている点が目立っている。


中国の人口規模は特段に大きいので人口当たりの感染者数の推移で見れば、感染拡大と収束へ向かうパターンについては中国と韓国は見かけよりもっと似ているということになろう。

一方、これらの海外諸国の推移と全く違うパターンで進んでいるのが日本である。


日本の感染拡大のペースは、これまでのところ、他国のように当初急速に拡大(いわゆるオーバーシュート)、そして一定の日数を経て、伸びが急速に落ちるといったパターンでなく、一貫して、「9日間に2倍ぐらいのテンポ」(図表1のグレーの点線)で増加している。

他国のドラスチックな変化とは明確に異なっているのである。

 


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■世界中で日本だけ「コロナ感染のグラフがおかしい」という不気味
~絶対的な死者数は少ないのだが…~
PRESIDENT Online(2020/05/07)
https://president.jp/articles/-/35219

 

 

 

 

 

■コロナ「感染者数の積み上げ」でパニックを誘発する報道の病理

新型コロナ報道が視聴者の不安を煽る「仕掛け」とは

週刊ダイヤモンド 2020.7.30

https://diamond.jp/articles/-/244404


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・ワイドショーの新型コロナ報道が視聴者の不安を煽る「仕掛け」とは


先日、テレビをつけたら、ちょうどワイドショーをやっていて、こんな言葉が耳に飛び込んできた。

「いよいよ東京や大阪だけではなく、日本全国に感染が拡大してきました」


あまりに重苦しい響きから思わず画面に目をやると、衝撃的な数字が飛び込んできた。

司会者の傍らに、全国の新型コロナウイルス感染者を一覧にした日本地図のパネルがあり、そこにはこれまで新規感染者が1人や2人しか出ていなかった県の場所に、「265人」「231人」などと大きく記されていたのだ。


「知らない間にそんなに増えていたのか」とマジマジと見てみると、それらの人数の下に4分の1くらいに縮小したフォントで「新規1人」「重症0人」と記されていることに気づいた。

さらに、よくよく目を凝らしてみると、「ダイヤモンド・プリセンス号を含む」なんて小さな但し書きもあった。


そう、全国に感染が拡大してきたという流れで出しているパネルなので、てっきり本日時点の新規感染者数を並べているのかと思いきや、これまで新型コロナにかかった人の数を積み上げた「累計感染者数」だったのだ。

視聴率の奪い合いをするワイドショーは、どうしても「絵的に強い」ものを用意してしまうということなのだろうが、これはかなり罪深い「印象操作」である。


NHKのまとめによれば、7月29日時点で国内の累計感染数は3万2957人だが、その中の2万3470人は「退院」となっている。

つまり、感染拡大の証としている人たちの70%はもはや回復をして、日常生活を送っている「フツーの人たち」なのだ。


死者に関しても「1002人」というと屍の山をイメージするが、これも「累計」であり、7月に入ってから全国で死者数は「0人」という日が続き、29日時点で多くても1日1~3人という水準だ。

しかし、そういう説明もなく「3万2957人」という数字だけを聞かされ、「1万1611人」「3430人」「708人」などという数字が踊る日本地図を見させられたら、ピュアな視聴者はどうなるか。


「いよいよ日本も2カ月前のニューヨークやパリのようになるのか」「このままじゃ、8割おじさん(西浦博・北海道大教授)の言う通り、43万人の死者が出るぞ!」と恐怖と不安でパニックになり、中には自分を失って、とんでもない行動に走るような人も出てくるだろう。


・激しい恐怖や不安で我を忘れる人々が続出


事実、日本全国で「狂気」に支配されてしまった人たちが続々と報告されている。長野県では、行員の感染者が確認された長野銀行小諸支店に、何者かが石が投げた。

アメリカ人留学生の女性は、街中で見知らぬ男から「ウイルスを撒き散らしやがって」と恫喝されたことを『スッキリ』(日本テレビ系)で証言している。


また、コロナの院内感染があった京都の堀川病院はもっと深刻だ。「人殺し」「火を付けるぞ」という匿名の脅迫電話が相次ぎ、職員は訪れた飲食店で「うちの店に来ないでください。汚らわしい」などと罵声を浴び、身の危険を感じるような言葉をかけられた人もいるという。

日本は欧米諸国と比べると、ケタ違いに感染者も死者も少ない。にもかかわらず、「最前線で頑張る医療従事者の皆さん、ありがとう!」という思いを帳消しにしてしまうほど、激しい恐怖や不安で我を忘れてしまっている人たちが、世の中にはたくさんいるのだ。


ただ、冷静に考えてみれば、パニックに陥る人が多くなるのも当然かもしれない。

「累計感染者数」は右肩上がりなので、これをワイドショーなどで毎日朝から晩まで見させられると、「昨日より今日、今日より明日」という感じで加速度的に状況が悪化しているような印象を与えてしまう。


人々を実態以上に悲観させてしまうのだ。

断っておくが、今の感染拡大の状況が「大したことではない」などと言いたいわけではない。


全国で新規感染者が増えているのは紛れもない事実なので、各地の医療体制を考慮して、死者や重症患者を出さないために警戒すべきということに対して、全く異論はない。

ただ、そこで「累計」という積み重ねの感染者数をマスコミが使ってしまうと、感染者への差別やイジメを引き起こし、それがひいては感染拡大を悪化させる恐れがある、と申し上げているだけだ。


マスコミが過度に恐怖や不安を煽って、社会に「コロナ差別」が蔓延すると、地域社会から袋叩きにされたくないという気持ちから、コロナの症状があっても隠す人たちが出てくる。

つまり、「感染者」の数を積み上げて大騒ぎをすることは、「注意喚起」どころか、感染者をわかりづらくさせるという「害」にしかならない可能性があるのだ。


・日本経済の実態を煙に巻くGDPの「累計の罠」


それに加えて、筆者がここまで「累計」を問題視するのは、今起きている現実を正しく認識することができず、事態をさらにこじらせてしまうからだ。

日本社会はこれまでも、こうした「累計の罠」にたびたびハマってきた。


わかりやすいのが、日本経済である。

日本人の中には、日本のことを「かつてよりも勢いはなくなったが、まだまだ世界の中ではそれなりの経済大国だ」と思っている人がかなりいる。


その心の拠り所なっているのが、GDP国内総生産)の総額である。

中国に抜かれてしまったが、まだ世界で3位の座をキープしているので、それなりに持ち堪えているという印象なのだ。


ただ、ここに大きな落とし穴がある。

GDP総額は「生産性×人口」という典型的な数字の積み上げなので、人口の多さがアドバンテージになる。


実際、主要先進国GDPランキングの並びは、人口3億2000万人のアメリカ、人口1億2000万人の日本、そして8200万人のドイツという具合に、きれいに人口と比例している。

つまり、すでにピンピンしている人たちを積み上げた「累計感染者」が、今の日本のコロナの感染拡大の実態を表していないのと同じで、1億2000万人という人口を積み上げた「GDP総額」も、日本経済の実態を表していないのだ。


・1人あたりGDPで見ると日本は世界26位という現実


では、その国の経済の実態を知るにはどうすればいいかというと、数の積み上げをやめればいい。

つまり、GDP総額を人口で割った「1人当たりGDP」である。こちらにすると、日本は「世界26位」まで転落する。


「兄貴」くらいに考えていたアメリカは9位とはるか上で、「財政難で医療体制も未熟だ」などと見下していたイタリアが、すぐ隣にいる。

誤解なきように言っておくが、「日本は大した国じゃない」などとディスりたいわけではない。


GDP総額という耳当たりのいい「数の積み上げ」ばかりにしがみついてきたせいで、自分たちが置かれているシビアな現実を正しく認識できなくなってしまっている、という問題を指摘したいだけだ。

日本は労働者の賃金も主要先進国の中でダントツに低く、貧困率も高い。


少子高齢化に歯止めがかからないので、現行の社会保障も破綻するのは目に見えているなど、問題山積だ。

が、今の日本社会にそこまでひっ迫した危機感はない。


どこかに「腐っても、日本は世界3位の経済大国だもんな」という“おごり”のようなものが、まだ多くの日本人の中に残っているので、面倒な問題を先送りにしてしまうのだ。

これこそが、筆者が「累計の罠」と呼ぶものが招く「害」の最たるものである。


そこで気になるのは、いつから我々はこんなにも「数の積み上げ」に執着するようになってしまったのかということだが、個人的にはやはり「戦争」が大きかったのではないかと思っている。

かつて兵士、弾丸、食糧、物資という「数」で戦う戦争を長く続けた際に、官民に「数を積み上げる」という方法論が一気に広まって、いつの間やらそれが目的化してしまったのだ。


当たり前の話だが、戦争というのは「殺し合い」ではなく、領土・領海を守るなどの政治的な目的を達成させるために行われる。

なので、局地的に行われる戦闘も、「前線基地を守る」「制空権を奪う」といった目的を達成することこそが「戦果」となる。


が、戦時中の日本は戦いが長引くうちに、そうした考えがスコーンとどこかへ飛んでいってしまい、敵の戦艦をどれだけ沈めたとか、飛行機をいくつ落としたとかいう「数の積み上げ」が「戦果」になってしまうのだ。


・「数の積み上げ」がよくわかる戦時中の新聞報道


そんな「数の積み上げ=戦争」という空気に日本中が包まれていたことがよくわかるのが、戦時中の読売新聞の「戦果」報道だ。一例を挙げよう。


「敵機撃破1561 事変以来累計1月より5月まで海軍戦果発表」(1939年6月1日)

「本年上期海軍の作戦と輝く戦果 敵機撃破 累計2000余」(1941年6月1日)

「累計370余機屠る ジャワで陸海荒鷲戦果」(1942年2月6日)

「艦船撃沈確実に181 敵20年の豪語 今や水泡 総合戦果累計」(1943年2月14日)

「累計2673機 陸海軍部隊輝く戦果」(1943年7月10日) 


何を勝ち得た、何を守った、ということよりも、「数の積み上げ」に軍部とマスコミがどんどんのめり込んでいることがうかがえよう。

ワイドショーが放映されている時間に合わせ、いかにも「衝撃的な数字です」という雰囲気を漂わせて新規感染者を発表するどこかの首長と、よせばいいのにそれを「速報」で流してグラフをつくって大騒ぎをするマスコミという両者の構図は、実は戦争中にでき上がったのである。


そして、このように彼らが「数の積み上げ」に夢中になればなるほど、国民が不幸になっていく恐れがある、ということを我々は歴史から学ぶことができる。

1945年4月、米軍が沖縄に上陸してから現地では激しい戦闘が行われた。


5月12日、大本営は4月29日から5月7日までの間に、以下のような「累計戦果」を発表した。

「人員殺傷1万2600人 戦車輛坐炎上134輛 各種火砲破壊39門」「撃沈 特設航空母艦 二隻」「撃破 特設航空母艦 三隻」(読売新聞 1945年5月12日)


これを受け、マスコミも一面で大きく取り上げて、「沖縄陸海に敵出血激甚」などという大はしゃぎをした。

しかし、米軍側に多くの血が流れたのは事実だが、実はそれ以上に日本側の被害は甚大だった。


諸説あるが、6月19日に日本軍の組織的抵抗が終わるまで、一般住民約9万4000人、日本兵にも同程度の犠牲者が出たと言われている。


・「経済死」続出の前に、政治家とマスコミは数の積み上げをやめるべき


この悲しい歴史から我々が学ぶべきことはただ1つ。政治家やマスコミが実態とかけ離れた「数の積み上げ」に夢中になっているときは、国民の命が軽んじられている、かなり危ないときであるということだ。

役所とマスコミがタッグを組んで、全国の感染者を積み上げて国民の恐怖と不安を煽っている今は、まさにそのときである。


今のお祭り騒ぎが続けば、「経済活動よりも命の方が大事だ」という自粛ムードが強まって、多くの人たちが路頭に迷う。

「コロナ死」の数どころではない、「経済死」の犠牲者が出てしまう恐れもあるのだ。


マスコミは「日々の感染者数に一喜一憂しないで」と言いながらも、「相次ぐ過去最多」「ついに1000人を超えました」と毎日の感染者数をネタにして、誰よりも盛り上がっている。

戦争を無責任に煽った過去を少しでも悔いているのなら、一刻も早く「感染者数の積み上げ」をやめて、重症者数、死者数の動向を詳細に伝えるようにすべきだ。


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コロナ「感染者数の積み上げ」でパニックを誘発する報道の病理
新型コロナ報道が視聴者の不安を煽る「仕掛け」とは
週刊ダイヤモンド 2020.7.30
https://diamond.jp/articles/-/244404

 

 

 

 

 

 

 

 

■コロナ報道「煽りにはもうウンザリ」、ニュースの中身を吟味してみた

週刊ダイヤモンド 2020.3.25 木原洋美:医療ジャーナリスト

https://diamond.jp/articles/-/232629


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新型コロナウイルスに関するニュースが氾濫する中、テレビのワイドショーをはじめ、刺激的な報道も少なくない。

「もううんざり」という人も多いだろう。

ここで改めてコロナ対策の政治的な判断や報道の仕方について考察してみた。(医療ジャーナリスト 木原洋美)

 

・治療法が確立されるにつれて致死率は0.7%まで低下している


3月12日、「アメリカで新型コロナウイルス対策の陣頭指揮を執る専門家が、ウイルス感染による死亡率について『インフルエンザの10倍』とする分析結果を明らかにしました」というニュースが、テレビやネットでがんがん流された。


この分析は、季節性インフルエンザの致死率が0.1%なのに対して、新型コロナウイルスの致死率は1%(WHOはおよそ3%としているが、感染していても、無症状であるために検査を受けていない人が多数いるであろうことに鑑みた数字)であるという推定に基づいて算出されたものなのだが、「この発言をどう捉えたらいいのか」という解説は一切ないままだったから、多くの視聴者は、ただひたすら「コロナは怖い。インフルエンザの10倍も死ぬんだ」と恐怖心を新たにしただけだったのではないだろうか。


アメリカ政府高官は、くだんの発言を、「感染拡大の抑制に米国は真剣に取り組まなくてはならない」と警告するために行ったわけだが、日本のメディアが、これをそのまま流すことにどれほどの意義があるのだろう。

3月24日12:00時点での日本におけるPCR検査を受けた人の数は2万4430人。うち陽性者は1128人、死亡者数は42人で、WHOの発表とほぼ同じ数字だ(厚生労働省発表)。


しかし、WHOと中国が合同でまとめた「コロナウイルス病 2019(COVID-19)に関するWHO-中国合同ミッション報告書 2020年2月16-24日」によると、「全体的な致死率は、場所と伝播強度によって異なる(武漢での 5.8%に対して、中国の他の地域では 0.7%)。

中国では、 全体的な致死率は時間の経過とともに減少して、2月1日以降に発症した患者では、0.7%になった」という。


致死率が減少した理由について合同ミッションは、「アウトブレイクの経過中に治療の標準化がなされたことに注目」している。

ということは、今後、治療方法が確立されていけば、致死率はさらに低下していくに違いない。


ちなみに「重症化および死亡のリスクが最も高いのは、60歳以上で、高血圧、糖尿病、心血管疾患、慢性呼吸器疾患および癌のような基礎疾患をもつ人達」で、「致死率は年齢とともに増加し、80歳以上で最も高い値を示す(致死率21.9%)。基礎疾患がないと報告した患者の致死率が1.4%であったのに対し、基礎疾患のある患者ではより高く、心血管疾患の人は13.2%、糖尿病は9.2%、高血圧は8.4%、慢性呼吸器疾患は 8.0%、癌は7.6%であった」という。


つまり、「インフルエンザの10倍」という致死率は、時間の経過とともに低下しているし、年齢、基礎疾患、感染・発症した地域ごとに異なる。こうした情報を知らせないまま一律に恐怖を煽るのは、正しいことなのだろうか。


・日本人全員が「PCR検査」を希望しているのではない


首を傾げてしまう報道は他にもある。「PCR検査」についてだ。


「受けたいのに、受けられない」「医者が必要と判断して保健所に相談しても断られることがある」「疑わしいのに検査が受けられないと、他者に感染させそうで怖い」という批判が繰り返しなされていたが、まるで世の中の全員が、すべての体調不良者にPCR検査を受けさせたがっているかのような伝え方に違和感を覚えている。


そんな中、3月11日、ソフトバンクグループの孫正義氏がツイッターで「簡易PCR検査の機会を無償で提供したい。まずは100万人分」と発信し、多くの人々が孫氏に向けて「医療崩壊を招くからやめてほしい」などと翻意を促したことが話題になった。


ほどなく孫氏も「評判悪いから、やめようかなぁ。。。」と撤回したことで事態は収拾されたが、冷静な判断ができる人が結構大勢いることにほっとした。

PCR検査については、いくつかの問題点が指摘されている。


一つは、無症状・軽症の患者まで広くPCR検査を実施すれば、軽症の患者で病床が埋まって重症者の救命が危うくなっている韓国のように医療崩壊が起きてしまうのではないか、という懸念だ(PCR検査を広く実施したことによる「医療崩壊」はイタリアでも起きている)。


しかし一方で、韓国の新型コロナウイルスによる致死率は世界平均と比べても日本と比べても低いことから、検査で早期発見できた結果、感染者数は増えたとしても、治療によって致死率を下げることには成功しているのではないか(医療崩壊ではない)という見方もある。


どちらが正しいのかは、もう少し時間がたってみなければわからない。

もう一つ、検査の精度があまり高くないことも問題視されている。


1回目の検査では陰性だったのに、体調が悪くなって再検査をしたら陽性になったということが起きている。

そうなるともう、検査で「陰性だ」と出ても安心できないし、逆に「陽性だ」となっても信じていいのかが危うくなる。


感染していなかった人まで、病院に行ったことで感染のリスクに晒される可能性もあるだろう。

ゆえに、決して万全ではないPCR検査にこだわって医療崩壊を招いては元も子もない。


厚生労働省や専門家会議が述べているように、熱が4日以上続いている、感染者との接触歴があるなどの基準に従って、優先度の高いグループから実施している現在のやり方がちょうどよいのではないか、という意見が現在は増えている。


・真剣に「人命」を守りたいなら学校閉鎖の優先度は低い


新型コロナウイルス感染症対策のため、全国の小中学校、高等学校、特別支援学校が3月2日から一斉休校を余儀なくされている件をめぐる報道も、だいぶ偏っているように見える。


医療や教育の現場からは「一斉休校の要請は唐突にして時期尚早」との声が多数聞こえてくるのだが、テレビ、特にワイドショーでは「仕方ない」という声に加え、「外出できない子どもや親のための支援が企業や芸能人によっていろいろと行われている」といった「美談」の報道ばかりが目に付く。


本当に必要なのは、そういった「支援」を報道することなのだろうか。

医療情報専門サイトの「m3.com」では、大阪府の小児科医が次のように述べている。


〈今の時点で『子どもが感染拡大の主体である』という報告は世界のどこにもありません。(中略)患者数の多い中国のデータをもってしても、「子どもたちから高齢者に感染させてはならないから、学校の全国一斉休校を」というのは無理がありますよね。インフルエンザの場合は、学校から感染拡大して子どもが家に持ち帰ってしまうということが分かっていますが、新型コロナウイルスの場合はそうではないようだということが、今までのデータから明らかです〉


また、公立病院のある医師は休校の2月28日、自身のSNSに次のように書き込んだ。


〈「全国の小中高 臨時休校要請」で、医療現場も大混乱になりつつあります。子どもを育てながら働いている人は、日本では医療現場が最も多いのではないでしょうか?医師、看護師、薬剤師、理学療法士作業療法士臨床心理士ソーシャルワーカー、栄養士、医療事務など、女性の比率は極めて高いです。実際、私の部署では、女性の比率が80%を超え、半数が子どもを抱えています。彼女たちが、「このままでは仕事に来ることができなくなるかも」と危惧しています。医療職についているもののほとんどは、モラルが高く、仕事に誇りを持ち、患者さんを助けることを使命と考えています。それなのに、職場を放棄しなければならなくなる状況に追い込まれたら、彼女らの士気の低下は…私は疫学や感染症の専門家ではないので、この措置の適否は解りません。しかし、サポート体制を作らずにただ要請するだけでは、コロナウイルスに立ち向かうべき最前線の医療現場が崩壊してしまいます。「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」〉


2人のドクターの意見に賛成だ。

一斉休校の影響はとてつもなく大きいのに、感染拡大予防効果のコスパは相当低い。真剣に「人命を守る」ことを考えているのなら、閉鎖要請は高齢者や持病のある人たちが集う可能性が高い場所から優先的に行うべきなのではないだろうか。


第一、社会はつながっている。一斉休校によって病院の人手が不足し、現場で踏ん張っている医療関係者たちが疲弊し、免疫力が下がって感染・発症し、病院閉鎖に陥る病院だってないとは限らない。


・怖いのは健康被害よりも風評被害と差別


ところで、多くの人が本当に恐れているのは「コロナウイルスに感染して生命を奪われること」だろうか。

違うと思う。


60代以下の持病のない人々は、これまで発表されてきた報道を信じ、仮に感染したとしても「自分は死なない」と思っているはずだ。


「ただ、高齢の親とか、免疫力のない人にうつしたら大変」

「万が一感染した場合、世間に知れるのが怖い。会社は倒産するかもしれないし、家族も差別されるかも」

「軽症で、ほっといても治るなら、自分は病院には行きたくない。コロナだと分かったら、面倒なことになるから」


本音はそういったところだろう。

怖いのは加害者になることと、風評被害等によって不当に差別されることなのだ。


例えば、平成から令和に変わる直前、感染症医療の専門家にインタビューをした際、新型インフルエンザの話になった。


「あの時、海外から戻ってきて感染が判明した人たちが、ひどいバッシングを受けました。感染してしまった人たちは悪くないのに叩かれた。正直に申し出てもらうことが水際対策では一番重要なのに、バッシングされると思ったら、できれば隠したいと思う人が出てきてしまいます。感染症の蔓延を防ぐには、不当な差別を防ぎ、感染者の人権を守ることが重要です」(感染症専門医)


今回のコロナ騒ぎをめぐっても、「クルーズ船に乗っていた」とSNSで名指しされた経営者の会社の売り上げが減少したり、倒産の危機に陥っているというニュースがある。「この国難に、自粛しないのは非国民」と自粛を強制する風潮も怖い。

コロナウイルスとの戦いが長期化しそうな今こそ、専門家の英知を活用し、「勘」や「面子」「独断」によらない政治判断を望みたい。


また報道も、ネガティブな内容を報じる際には、冷静になれる解説を必ずつけるようにしてほしい。


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コロナ報道「煽りにはもうウンザリ」、ニュースの中身を吟味してみた
週刊ダイヤモンド 2020.3.25 木原洋美:医療ジャーナリスト
https://diamond.jp/articles/-/232629