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日銀金融緩和で刷られた円の行き先が日本企業でも日本国民でもないカラクリ(Dr.苫米地 2016年9月15日TOKYO MXバラいろダンディ) https://www.youtube.com/watch?v=tvzNqO6qsGI

【実態を知らぬ“嫌韓”の罪深さ】01年新大久保駅転落事故、勇気ある韓国人留学生が未来に託した「日韓の架け橋」~国籍超えて助け合う気持ちを~

 

 

■01年新大久保駅転落事故、両親が語る「息子の勇気、日本人の励まし」

ライブドアニュース 2015年8月10日

https://news.livedoor.com/article/detail/10453602/


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「秀賢は好奇心が強くて、やりたいことは必ず実現しようとする子。“大学の授業で日本に関心を持った。どんな国か留学して確かめたい”と言うので“行ったことを後悔しないように”と送り出しました」と、父・李盛大(イ・ソンデ)さん(77)。


日本と韓国の懸け橋になりたい─そんな大志を抱いた韓国人留学生・李秀賢(イ・スヒョン)さん(享年26)の夢がはかなく散ったのは、’01年1月26日の夜だった。

山手線新大久保駅で、泥酔した日本人男性がホームから転落した。


居合わせた秀賢さんと日本人カメラマンの男性(享年47)は線路に飛び降り救助を試みたが、電車にはねられ、3人とも死亡した。

秀賢さんが通っていた東京・荒川区日本語学校赤門会』の新井時賛理事長(65)は警察からの連絡で駆けつけ、秀賢さんの遺体と対面した。


「顔だけがひどい状態で、最後の最後まで助けようとして正面衝突したのだとすぐわかりました。よほど必死だったのでしょう……」(新井さん)

見知らぬ人のため命をなげうった2人は日韓両国から称賛され、とりわけ秀賢さんの国境を越えた勇気ある行動には、多くの人々から驚嘆の声があがった。


2人の親御さんのもとへは、全国からたくさんのお見舞金が届いた。

秀賢さんの父・盛大さんは、「息子の死を知ったときは驚きや後悔、悲しみのほうが大きかった。


秀賢を誇りに思えたのは、日本のみなさんが息子をたたえ温かい言葉をかけてくれたからです」と語る。

両親は秀賢さんの志を継ぎ、新井理事長にある依頼をした。


「ご両親から“倅(せがれ)の一生と日本人の善意を無にしないよう、いただいたお金は秀賢と同じ日本語学校生のために役立てたい”と申し出があったんです。そこで、ご両親と賛同する方からの寄付金で奨学会を立ち上げました」(新井さん)


奨学会は秀賢さんの頭文字を取り『エルエスエイチアジア奨学会』と名づけられた。

’14年までの13年間で18か国からの留学生689人に奨学金を支給した。


両親は毎年、秀賢さんの命日のほか、奨学金授与式に足を運ぶ。

’13年と’14年には日本の小学校を訪問し、命の大切さを考える道徳の授業に参加した。


「訪日するのは毎回楽しみなんです。どこかに秀賢がいるような気がして」(盛大さん)

母・辛潤賛(シン・ユンチャン)さん(65)は秀賢さんの死後、日本語の勉強を始めた。


韓国まで墓参りに来てくれる日本人に、日本語でお礼を伝えたいそうだ。

秀賢さんの妹・李秀珍(イ・スジン)さん(39)は、両親を気遣い実家近くに越した。


盛大さん夫婦は、2人の孫に目を細めているという。

盛大さん一家には、異国で長男を亡くしたことをうらめしく思う気持ちはないのか。


「とんでもない、一切ありません。息子が自ら起こした行動の結果ですから。秀賢の勇気も日本人からの励ましも、この15年間、1日たりとも忘れたことはありません」

そう言い切る盛大さんの脳裏には、ある出来事が浮かぶという。


’01年11月、皇居参観の際、美智子さまを乗せた車が通りかかった。

皇后陛下は車から降り深々と頭を下げ、秀賢さんの両親の肩を抱いた。


「日本人を助けようとしてくださり、本当に、ありがとうございます」と手のひらを両手でそっと包まれたという。

別れ際に両親を振り向いてもう1度歩みより、「日本にいる間、困ったことがございましたら、何でもお申しつけください」とつけ加えられた。


「慈悲深く、親しみのわく方でした。一生の光栄です」

盛大さんは美智子さまの優しさに感動を覚えたという。


秀賢さんの事故を機にするかのように、日韓は互いに関心を持ち始めた。

’02年の日韓サッカーW杯共催や、『冬のソナタ』に始まる韓流ブームもあり、両国関係は改善した。


ところが、近ごろ日韓関係には緊張が走りヘイトスピーチは社会問題にもなっている。

両親はさぞつらいだろう。


盛大さんに尋ねると、「最近のギクシャクした関係には心が痛みますが、私たちは今後もずっと隣同士。ケンカしても仲が戻り、いい関係が続くと信じています」

国籍なんて関係なく、ただ目の前の人を救おうとした青年。


その遺志を継ぐ人たちもまた国籍も年代も関係ない、私たちであっていいはずだ。


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01年新大久保駅転落事故、両親が語る「息子の勇気、日本人の励まし」
ライブドアニュース 2015年8月10日
https://news.livedoor.com/article/detail/10453602/

 

 

 

 

 

 


■「実態を知らぬ“嫌韓”の罪深さ」新大久保駅転落事故から18年、勇気ある韓国人留学生が未来に託した「日韓の架け橋」

ABEMAニュース 2019.10.24

https://times.abema.tv/articles/-/7004825


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2001年1月26日、JR山手線・新大久保駅で線路に落ちた人を助けようとした二人の男性が犠牲になった。

そのうちの一人である李秀賢(イ スヒョン)さんは当時、日本語学校に通っていた韓国からの留学生。当時26歳だった。

(中略)

この事件を受け、今日に至るまで日本では様々な変化があった。

外国人留学生は2001年の約7万8000人から2018年では約29万8000人に増加。


さらにスヒョンさんのような悲惨な事故を未然に防ぐための駅ホームドアの設置や緊急停止ボタンの設置。

防犯カメラの増加など、事故の教訓は着実に生かされている。

(中略)

・実態を知らずに“嫌韓”に走る「罪深さ」


こういった民間レベルで進む交流を受け、今後の日韓関係について意見を求められた国際政治学者の舛添要一氏は「やはり政治が問題。文大統領も安倍首相もしっかり政治の判断をすべきだし、政治判断をフォローするメディアも同じことだ。今だから話しますけど、3年前に失脚した大きな要因の一つは『日韓関係を良くしよう』としたこと。当時の朴大統領に会いに行った矢先に批判が増えた。政府が日韓関係改善に取り組まなかったから、関係はものすごく悪かった。せめて地方の政府から改善を図るべきと考えた。東京とソウルは姉妹都市にあたる。しかし、ヘイトスピーチがものすごかった。日韓の歴史認識において間違っている点は間違っていると申し上げるが、それ以上に“政治の意思”がしっかりしなければならない。ようやく朴さんと安倍首相が話せるようになったら、政権交代。非常に悲しいですね」と持論を展開した。


ネット問題に詳しい文筆家の古谷経衡氏は舛添氏の話を受けて「スヒョンさんの事故の翌年のW杯あたりからネット右翼ネトウヨ)と呼ばれる人たちが出てきた。

2003年から2006年に至るまで、それらの人々はこの事故について『事故自体がねつ造だ』と言っていた。


韓国民団(大韓国民団)や日本メディアが韓国を美化するためにわざわざねつ造したとも。

舛添さんが叩かれていた時に、何の根拠もない『舛添は在日コリアンだ』という噂も流された。


ネット右翼の台頭に伴い、韓国人と実際に、または通訳を介して話したことも無い人たちが『韓国は滅亡する』『韓国人は嘘つきだ』『韓国人は盗人、詐欺師だ』と言い続けてきた。

後に逮捕されたある人物に関しては、韓国に行ったことすらなかった。


これが実態だ。

韓国では反日本など売っていない。


日本だけだ。

この状況をどのように考えるか」と語気を強めた。


続いて大阪で生まれ育ったというタレントの時人は「周りに海外の人が多く、“何が嫌なのか”は分からないが、シンプルに軽蔑したり、差別したりということがあった。理由もわからずに『嫌韓』でいる人が多いと思う。僕もそうだが、こういったことを知ることができれば、実態を分からないまま差別している人が減るはずだ」と話した。


最後に三谷アナは「日本で韓国がブームになったり、多くの韓国人が日本を訪れている。民間同士の交流は増えていてうれしい。一方で政治がかなり緊迫している状況だが、我々は政治について何も言うことは出来ないのでもどかしい」という辛さんの言葉を代弁した。


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「実態を知らぬ“嫌韓”の罪深さ」新大久保駅転落事故から18年、勇気ある韓国人留学生が未来に託した「日韓の架け橋」
ABEMAニュース 2019.10.24
https://times.abema.tv/articles/-/7004825

 

 

 


■留学生事故死から21年 「コロナ下、国籍超えて助け合う気持ちを」

朝日新聞 2022/1/26

https://www.asahi.com/articles/ASQ1V5QV8Q1VUTIL03S.html


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東京都新宿区のJR新大久保駅で、韓国人留学生の李秀賢(イスヒョン)さん(当時26)とカメラマンの関根史郎さん(当時47)が線路に落ちた男性を助けようとして死亡した事故から、26日で21年。

駅構内の顕彰碑前には日韓両国の関係者が献花に訪れ、花を手向けた。


同日午後、韓国の姜昌一(カンチャンイル)・駐日大使や李さんが通っていた赤門会日本語学校の関係者らが顕彰碑前で追悼し、事故があった付近のホーム上でも祈りを捧げた。

その後、近くで追悼式が開かれた。


同校の新井時賛理事長は「コロナの厳しい状況でも彼を忘れず、国家間の友好を考えていく熱い思いを感じた」と話した。

新井理事長によると、李さんの母、辛潤賛(シンユンチャン)さんは毎年のように追悼に合わせて来日してきたが、コロナの影響で昨年に続き来日できなかった。


辛さんは「毎年1月になると、息子に会えそうな気がして、胸を躍らせながら日本行きを心待ちにしていました。昨年に続きこのように挨拶(あいさつ)することとなり、少し残念な気持ちです。遠く釜山から感謝の意を申し上げたい」とコメントを寄せた。


事故翌年の2002年、両親や日本人有志らの寄付金を原資に、アジアから日本への留学生に支給する奨学会が設立された。

奨学生は1千人を超えるという。


これまでも、日本で学ぶ多くの留学生らが現場を訪れてきた。

東京大の大学院で日本政治を学んでいるというイ・スミンさん(30)は「コロナ下で、国籍を超えて人間同士の助け合いは必要だと感じている」と話した。


事故は01年1月26日午後7時15分ごろに起きた。李さんと関根さんが、山手線新大久保駅のホームから転落した男性を救助しようと線路に飛び込み、3人とも亡くなった。


事故などをきっかけに安全対策が進み、JR東日本はホームドアの導入を進めてきた。昨年末時点で76駅に導入済みで、32年度末ごろまでには、首都圏を中心に在来線243駅まで広げるという。(小川崇)


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留学生事故死から21年 「コロナ下、国籍超えて助け合う気持ちを」
朝日新聞 2022/1/26
https://www.asahi.com/articles/ASQ1V5QV8Q1VUTIL03S.html

 

 

 

 

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